Report レポート

保護する!?駆除する!?四国のツキノワグマの実情を探ってみた!!

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近年、北海道や東北をはじめ、四国と九州を除く各地で問題となっているクマ被害。クマの生息が確認されていない九州を除いて、唯一クマが駆除の対象になっていない四国のツキノワグマについて、その現状を調べてみました。


ただ、闇雲に山に分け入ったところでツキノワグマに遭遇するはずもなく、万一遭遇してしまっても対処しようがないことから、その道の専門家にお話を聞いた方が良さそうということで、NPO法人四国自然史科学研究センターで、四国におけるツキノワグマの生態や状況に詳しい安藤喬平さんにお話をお伺いしました。

四国のツキノワグマって、
どこにいるの?何頭ぐらいいるの?


あわいひかり:今日は、お忙しいところお時間を作っていただいてありがとうございます。
早速ですが、四国にクマがいること自体、知らない人もいるようなのですが、具体的にはどのあたりに、何頭ほどいるのでしょうか?

安藤さん:こちらこそ、取材していただいてありがとうございます。
四国のツキノワグマについては、他の地域と違って絶滅の危険性が高い特殊な地域ということもあるので、皆さんに関心を持っていただけることはとても有意義なことだと思っています。
ご質問に関するお答えですが、2017年の調査で確認されているのは、徳島と高知の県境、つまり剣山周辺の山域で16〜24頭ほどがいるのではないかということです。


※埼玉県出身の安藤さん。学生時代は、オーストラリアへ留学し、野生動物の生態を研究。


あわいひかり:生息数の調査はどのようにして行われるのですか?

安藤さん:調査としては、罠を仕掛けて捕獲した十数頭のクマのDNAを鑑定して血縁関係を解析しました。その結果、16〜24頭ぐらいがいるのではないかと推測しています。活動エリアに関しては、捕獲した際にGPS発信機をつけて追跡したり、定点カメラを設置したりしてクマがどのように移動し、どのぐらいの行動圏をもっているのかをモニタリングしています。

あわいひかり:他の地域では、これまで以上に積極的な駆除を行う流れになっていますが、四国では頭数が少ないことから駆除ではなく、保護されているように思いますがどうなんでしょう?

安藤さん:四国にも江戸時代後半までは四国の広い範囲にツキノワグマが生息していたと考えられています。山深くまで足を踏み入れると、当然クマとも遭遇してしまい、トラブルもあったでしょう。しかし、江戸時代にはすでに山に人が入植して林業を行ったことで、人とクマのトラブルが絶えず駆除されて絶滅に近い状態にまで数を減らしたのだと考えられています。


ツキノワグマが減ったことと、
鹿や猪が増えたことには関係がある!?


あわいひかり:実際にクマが減ったことで、四国の生態系に変化はあったのでしょうか?

安藤さん:人間を含めて、さまざまな生物が森林の恵みを利用しています。生物同士が複雑に関わり合うことで、豊かな生態系が育まれると考えられています。もちろん、ツキノワグマも、森林の維持や更新に深く関わっていて、例えば、食べた植物の種子をフンとして散布することや、他の生物の生息環境を作ることなども明らかにされています。ツキノワグマが森林保全にどのような役割を担っているのかを解明することは困難ですが、クマと森林が密接に結びつくことで、地域の生態系が維持されているのは間違いないでしょう。

あわいひかり:四国では鹿や猪の農作物への被害などが数多く報告されていますが、クマが減ったことと関係はあるのでしょうか?

安藤さん:鹿や猪の増加については、人が使わなくなった山や里の土地が野生動物の生息範囲になり、エサ資源量や住処の増加に繋がって野生動物が増えたと考えられます。
ちなみに、今は増え過ぎてしまっている鹿ですが、昔は今よりもずっと生息頭数が少なく、明治期から1990年代初頭まで捕獲制限がかけられていました。明治期は森林開発が盛んに行われていた時期でしたので、そう考えると、現在は日本の歴史上もっとも森林資源が豊かな時代だからこそ鹿や猪が増えているという見方もできます。
時代ごとに異なる人間の土地や森林利用の形態の変化が、野生動物の生息状況に強く影響している点で言えば、鹿や猪の増加と四国のクマの減少は関連しているとも言えますね。

ツキノワグマは
保護するべきか!?駆除するべきか!?


あわいひかり:現在、四国では16頭から24頭ぐらいのクマしか確認されていませんが、
保護することで、今後、増えてしまうことも考えられるのですが、その点はどうお考えになりますか?

安藤さん:全国的にクマを増やそうという流れはないと思いますので、四国の場合に限定して回答します。
生物学の世界では、ツキノワグマは100頭を切るとその種は絶滅すると言われています。そう考えれば、四国のツキノワグマは絶滅に向かっていると考えられます。しかし、本当に四国からクマを絶滅させてしまって良いのでしょうか。
中山間地域に暮らしていると、クマに脅かされる可能性も考えられ、保護に反対されるのは必然だと考えます。しかし、増えようと減ろうと、クマが四国に生息している限り、軋轢の可能性はあり続けます。
そこにしっかりと目を向けて考え議論することが必要だと思うんです。本質的には増えることが問題なのではなく、軋轢の発生が問題ですので、クマの頭数に関係なく軋轢回避のための方策を事前に備えておく必要があります。
この点では最近は行政機関の方でも整備を進めています。

(参考:https://chushikoku.env.go.jp/shikoku/wildlife/bear/SB_guideline.pdf


あわいひかり:⼈とクマが共存するために必要なことはなんでしょうか?

安藤さん:共存のためには棲み分けが重要です。人の生活環境と野生の生活環境の境を曖昧にしない人側の努力が必要です。
それと、自然に対する感謝と畏怖、謙虚さを多くの人が持つことが重要と考えます。
そういう想いを持ちながら、私たち四国自然史科学研究センターでは、四国でのツキノワグマについてもっと知っていただこう!もっと一緒に考えていただこうという観点から講演会やツアーを積極的に行っています。



安藤さん:生物学的に、現在の生息頭数(約20頭)のままではいずれ絶滅に向かう可能性が高いです。極論を言うと、個体数増加を許さないことはじわじわと絶滅することを望むということになります。もしくは、(もちろん上記の軋轢回避の方策が講じられることを前提にして)ある程度のリスクを許容して存続を望むのかということになります。こうしたことを議論の前提にして絶滅と存続のどちらを目指すべきなのか地域に問いかける機会を設ける予定です。

あわいひかり:クマが増えるメリットとデメリット。クマが減ることのメリットとデメリットはなんでしょう?

安藤さん:一般的に考えられるメリットとデメリットについてお答えしたいと思います。「軋轢」の度合いは個体数の増減だけでなく、生息地と人との配置関係やクマの性質、人の行動などにも大きく影響される点を踏まえて回答します。
【社会的な観点】
●軋轢(集落や市街地への出没とそれによる農業被害や人身被害)の増加/減少
●クマ生息地周辺の(クマを怖いと感じる)住民が認識する生活の質の低下/向上
●行政の管理コストの増加/減少
●錯誤捕獲の可能性の増加/減少

【生態系の観点】
どのくらいの個体数が生態系にどのような影響を与えるかは分かっていません。現時点の生息数から増えた(そしてそれが継続・維持された)と考えた場合、クマ(国内のツキノワグマとヒグマ)は特定の種に食性を依存する動物ではないので、短期的に何かの種に大きな影響を及ぼすとは考え難く、長期的には生息範囲内の種間相互作用(種どうしがお互いに与え合う影響、例えば種子散布やギャップ創生等)を通じて、生息範囲の生物多様性は高まるだろうと推測します。減った場合は、クマを通じて起こる種間相互作用が弱まるので、長期的な生物多様性の低下につながるのかなと思います。

海ゴミに注目が集まっているけど、
山ゴミについてはどうなんだろう!?


あわいひかり:海では海洋プラスチックゴミの問題が取り沙汰されていますが、山ではプラスチックを含めてゴミに関する問題はあるのでしょうか?

安藤さん:私は5月から11月にかけて週に3、4日ほど、山に入っているんですが、目につくのは登山者が残していくゴミですね。特におにぎりやパンなどの食べ残しや包装材が山に残っていると、そこに野生動物がやってくるようになってしまい、人と遭遇する可能性も高くなります。また、プラスチックのパッケージは分解されずに残ってしまうので動物が誤飲してしまう可能性も考えられます。

あわいひかり:海でもプラスチックゴミの誤飲は問題視されていますが、山でも同じようなことが起こっているのですね。他には、どのような問題がありますか?

安藤さん:近年、四国では鹿の食害が問題になっていまして、再造林地の若い植栽木(スギなどの苗木)を鹿が食べてしまう問題があります。それを防止するために、保護ネットを山中に設置しているのですが、それが経年劣化によって外れてゴミになって残っていたり、その網に野生動物が絡まってしまい命を絶つ事故も発生しています。

あわいひかり:なるほど。そういった保護ネットに関しても自然に分解される素材を使うことや、定期的な見回りで交換していただくことをお願いしたいですね。

四国のツキノワグマに、私たちができること。


あわいひかり:四国のツキノワグマのために私たちができることは何でしょうか?

安藤さん:まず、なぜ絶滅の危機に置かれているのか、その社会的背景を知ることが重要です。
興味もっていただけるのであれば、四国のクマが生息している地域を訪れていただいても良いかもしれませんね。その際には地域や山を歩いてみて、現地の現状を見て感じることが重要だと思います。そして、可能であればそれについてSNSなどで発信していただくことや、無理のない程度で私たちの活動に参加・協力していただくことで、徐々に四国全体で保全の機運が高まって絶滅を回避するために必要な策を講じることができるのではないかと思います。

あわいひかり:今日は、ありがとうございます。
四国のツキノワグマのため、今後の活動に期待しています。
最後に、安藤さんから読者に一言、お願いします。

安藤さん:私自身は野生動物に興味があり生態学を学んできたので、調査研究や保全のための普及啓発活動という面でクマの保全に携わっています。
現在、四国のツキノワグマの生息地域でもある徳島県那賀町木頭エリアの人々と連携して、ツキノワグマの関連商品の開発や、施設でのパネル展示などを行っています。
また、各地での寄付集めやイベント開催、生息地整備、軋轢防止策の実践(養蜂箱被害の防除)などの取り組みを進めていますので、興味を持たれた方は、ぜひ徳島県那賀町の木頭図書館まで足を運んでいただければと思います。



四国のツキノワグマに関するお問い合わせは:
NPO法人四国自然史科学研究センター 
0889-40-0840
https://lutra.jp
https://islandbearproject.org

あわいひかりでは、これからも地元である観音寺市や香川県、
四国の環境にいいことに取り組む企業や団体、人をご紹介していきます。
ぜひ、お楽しみに。

  • 取材・文

    森近 正大(文案家)