Report レポート

以前、三豊漁業協同組合さまが取り組まれている「豊かな漁場を取り戻すための活動」をご紹介した記事において登場した、海専用の肥料「MOFU-DX」。この、これまでに類を見ない“海専用”肥料を開発・販売しているのが、トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社です。今回は、同社の代表を務めるとともに、トリゼンフーズ株式会社の会長でもいらっしゃる河津善博様に、「MOFU-DX」開発の背景、現在の取り組み、そして今後のビジョンについてお話を伺いました。
養鶏数が増えると、鶏糞問題も大きくなる。
もともとは福岡県で鶏肉の小売店として創業したトリゼンフーズ。販売は好調で、小売だけでなく卸売にも事業を拡大しましたが、販売するための鶏肉が慢性的に不足していたことから養鶏事業を始め、生産から販売までを一手に担う体制を築くことに成功。さらには、九州を代表するブランド鶏「華味鳥」や、水炊きの専門店「博多華味鳥」など、鶏に関わる事業を幅広く展開されています。
そのトリゼンフーズが、なぜ海専用の肥料の開発に携わるようになったのか。河津会長によると、養鶏場ならではの問題を解決するための方法を探していたことがMOFU-DX開発のきっかけだったといいます。
「当社では、協力していただいている養鶏場を含めると1日に約3万羽を加工しています。1ヶ月だと約60万羽になるのですが、60万羽の鶏を飼育するとなると、当然60万羽分の糞が発生し、それを処理しなければなりません。月に2,500トンもの鶏糞が出るため、以前は農家さんに肥料として無料でお配りしていたのですが、臭いの問題もあって受け入れが難しいというお声をいただくようになりました。そこで、焼却処分を始めたのですが、処分場へ搬送する輸送費も無視できません。なんとか鶏糞を廃棄物ではなく、価値あるものへと生まれ変わらせることができないか——そう考えたことが、海専用肥料の開発の始まりでした。」と河津会長は言います。
キレイな海より、豊かな海を残したい。
そのような時、現在MOFU-DXの責任者でもある福岡浩一部長が入社。微生物の研究を行っていた福岡部長が入社したことで、鶏糞を再資源化する際の問題にもなっていた「臭い」を微生物の働きで改善するバイオエキスを開発し、有機肥料として活用することが可能になったそうです。
「臭いが減少したことで有機肥料として使う目処は立ったのですが、加工しているためにコストが上がり農家の方からの需要は思ったほど多くはありませんでした。そのような時に広島大学の山本民次名誉教授の“きれいな海を残したいですか?それとも、豊かな海を残したいですか?”という問いかけを知りました。魚が住めないきれいな海よりも、魚がたくさんいる豊かな海を残すことが大切だという思いに共感し、山本名誉教授と共同で海専用の肥料を開発することになったのです。」と河津会長は話します。
開発にあたってポイントとなったのは“栄養が多過ぎると赤潮の原因になる。だから、栄養がゆっくりと海に溶け出す肥料を開発する必要がある”ということです。それを可能にしたのが「MOFU-DX」でした。MOFU-DXは、鶏糞由来の有機肥料でありながら大腸菌などの有害菌を含まず、植物プランクトン増殖に効果のある栄養塩として開発されました。MOFU-DXは数ヶ月かけてゆっくりと栄養塩が溶け出すため、環境負荷の少ない海専用の肥料として関心を集めています。

MOFU-DX

牡蠣イカダにMOFU-DXを吊るす様子。牡蠣のエサである植物プランクトンの増殖に役立つ。
さらに、ヘドロ化した海底で発生している硫化水素に対して効果が期待される商品「IBA-DX」にも、全国からオファーが届いています。
独自に開発したバイオエキスを軽石のようなものに含ませて海底に沈めると、堆積した有機物を分解するためヘドロの改善にも期待されています。

独自開発のバイオエキス
これらMOFU-DXやIBA-DXを環境にあわせて施肥することで、海に栄養を与えるとともに魚が住める環境を作り、海底の環境も改善できるという理想的な海洋環境を実現しようとしています。
豊かな海を取り戻し、漁業の再興を。
そして、食料自給率アップに貢献したい。
海に囲まれた海洋国家である日本は、古くから田や畑だけでなく、海からも食料を調達することで豊かな食文化を築いてきました。その中で、農業とともに漁業が発展してきたことは間違いありません。しかし、現在の食料自給率は38%程度で、その多くを海外に頼っているのが実情です。漁業従事者の高齢化が進むなか、思うように利益がでないことも一因となり、後継者が育たないことも指摘されています。
そうした問題を解決するためにも、やはり利益を出さなければいけませんし、利益を出すには豊かな水産資源が欠かせません。今では全国から問い合わせのあるMOFU-DXやバイオエキスですが、販売当初はさまざまな課題があったと河津会長は言います。
「九州の海洋問題といえば、真っ先に思いつくのが有明海です。有明海では、海の栄養不足などが原因で海苔や貝の不作が続いています。そこで、MOFU-DXの使用を漁業組合に提案したのですが、鶏糞由来ということで立ち消えてしまうこともありました。しかし、テスト導入の成果や微生物を活用した自然由来の成分であることなどを丁寧に説明することで、今では少しずつMOFU-DXやバイオエキスが海を豊かにすることを理解してもらえるようになってきました。」
現在ではMOFU-DXを導入する漁業組合や補助金を出す地方自治体も増えてきているということですが、その反面、漁業関係者の減少により漁協が導入にかかる費用を捻出できない、評価をする時間とスケールが確保できないという状況もあるそうです。
また、今後のトリゼンクオリティオーシャンズとしての取り組みについてお話をお伺いしたところ、「今進んでいるプロジェクトとしては、製鉄会社と共同で、MOFU-DXと合わせてフルボ酸鉄の代わりとなる鉄分を海に供給することで、より豊かな海をつくろうという取り組みがあります。」と話してくださいました。
さらに、「山に落ちた葉が養分となって、川を通って海に届き、やがて豊かな海をつくる。今の日本は、そうした自然の循環が遮断されているのが現状です。それを取り戻すことも、重要なテーマだと考えています。」とも語ってくださいました。
チャレンジしないと失敗はない。
失敗の中にこそ、成功の鍵がある。
最後に、河津会長から読者のみなさまへメッセージをいただきました。
トリゼングループとして、現在ではさまざまな事業を展開していますが、ここに至るまでには本当に多くの失敗を経験してきました。
父から事業を引き継いだ後、工場を閉鎖せざるを得なかったこともあれば、飲食店の経営に失敗したこともあります。あのとき失敗を経験させてくれた父には、感謝の気持ちしかありません。
だからこそ、私は社員にもどんどん仕事を任せ、失敗を恐れず挑戦させたいと思っています。何かに挑戦しなければ、失敗もありませんからね。そして、失敗の中にこそ、成功の鍵があると信じています。実際に、20代・30代の若い社員たちと話していると、ハッとさせられるような意見を持っている人がたくさんいます。そうしたとき、年長者は口を出さずに、おもしろいと感じたら、思い切って任せてみる。やらせてみることが、次の可能性を広げるきっかけになると思っています。
新しい発想が生まれ、それが事業になり、企業が成長し、ひいては社会もよくなっていく。そうした循環が、持続可能な社会の実現につながっていくのではないでしょうか。
豊かな海を取り戻す海専用の肥料。その全く新しい発想の商品は河津会長のチャレンジ精神があったからこそ誕生したのでしょう。そして、トリゼンクオリティオーシャンズの取り組みが、日本各地の海をキレイにするだけではなく、豊かに生まれ変わらせてくれることを期待して、これからの活動を見守っていきたいと思います。
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取材・文
森本 未沙(海育ちのエバンジェリスト)