Series 連載

1000軒以上のカレーを食べ歩き、その多様性と歴史、店ごとの個性に魅了され続けてきた。
カレー屋の夢を実現する為、アルバイトの掛け持ちを始めたが挫折。挫折から学んだ経験と、環境への関心も持ち持続可能な未来のための取り組みをカレー業界でも促進したい。独自のスパイスカレーと瀬戸内の食材を焦点を当て連載していく。

安藤 真理子(アートディレクター)

第10話 梅とスパイスで思い出す夏

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まだ今年の夏が始まる前のこと。
今年もまた、長く厳しい夏がやってくると天気予報士が言っていた。
朝の通勤時、まだ日の光はやさしいのに、空気にどこか重みがある。アスファルトの匂いも、ほんの少し焼けたように香った。
息を吸い込むと、夏の気配が体の奥までしみ込んでいくのがわかる、そんな朝だった。

そんな折、ミサさんから段ボールいっぱいの野菜が届いた。

社内のカウンターに箱を置くと、重みで少しぎしりと音がする。私が蓋を開けると、思わず声が出た。予想以上の量の梅。じゃがいも、玉ねぎ、にんにくもあふれるように入っている。箱を見た子がカウンターの向こうから身を乗り出して声を上げる。
「わー!すごい量の梅ですね!これ、どうやって使うんですか?」
梅シロップ?ソーダ割り?ラッシーに入れたら…考えただけで涼やかな甘酸っぱさが広がる。


7話でも登場したミサさんと娘さんが、香川の大地で大切に育ててくれた野菜たち。
そのひとつひとつに、手をかけた時間が詰まっているのだと思う。
季節を感じ、東京の社員にも共有したいという思いで収穫してくれたんだなと私は感じた。



ミサさんの話を聞いてから、スーパーや八百屋で少し虫食いのある野菜を見ても、眉をひそめることはなくなった。
むしろ虫が喜ぶ野菜なら、人間もきっと幸せになれるのだ。


梅はラッシーだけに使うにはもったいない。
そういえば、どこかで梅のアチャールを食べたことがある気がする。
インドカレーでは酸味を隠し味として使うことがある。タマリンドが有名だが、日本では梅干しがその代わりとして使うことがある。


レシピを探すと、甘い系と辛い系の二種類が出てくる。迷わず両方作ることにした。


カレーに添えて、少しずつ混ぜながら食べる。間違いなくおいしいやつだ。
暑い夏には疲労回復の効果もあるらしい。外回りで疲れた営業さんたちにも喜ばれるだろう。
じゃがいもは以前人気だったサブジに。梅ときたら、大葉も添えて和風テイストに仕上げよう。

気がつけば、もくせとの活動ももうすぐ一周年だ。
中でも人気だったサバカレーの記憶は、今も夏の入り口で何度も呼び起こされる。
今回は初心に返って、肉系は手羽元のチキンカレーに、魚系をサバカレーにすることにした。
夜営業は今回が二回目。
仕事を切り上げた社員たちが、ぽつぽつと集まってくる。
「サバカレー楽しみにしてました!」
「梅のアチャールって、どんな味ですか?」
昼間の暑さで少し疲れた顔も鍋を除き込んだ瞬間、スパイシーな香りに自然とほぐれていく。


昼には「もう酒は飲まない」と言っていた二日酔い常連の上司も、すでに手に缶チューハイを持っている。
「梅には抗酸化作用もあるので、二日酔いにもいいらしいですよ」
そう告げると、少しだけ場が和んだ。

保存のきく梅のように、誰かと囲んだあの時間も、そっと日々の中に残っていく。
そんな小さな蓄えがあるから、また次の一皿を作りたくなるのだと思う。

  • 文・撮影

    安藤 真理子(アートディレクター)