Report レポート
寝起きの洗顔、食後の食器洗い、汚れ物の洗濯、毎日の入浴。洗剤を使うたびに、私たちの生活は、すっきりと清潔になる。今では汚れを落とすだけでなく、除菌や抗菌、香り、仕上がりといったたくさんの機能を見比べながら洗剤を選ぶことが当たり前になった。その心地よさの裏で、洗い流した水は排水口から下水処理場を経て、川や海へと流れていく。毎日、誰もが使い続けているさまざまな洗剤は、その先で暮らす生き物たちにとって、はたして安全なのだろうか。
2021年、福岡県宗像市の離島・地島(じのしま)で、この問いに向き合う実験が行われた。名付けて「未来の海を守る 島まるごと無添加石けん生活 ~生活排水の環境及び生物に対する影響に関する実証実験プロジェクト~」。石けんメーカーのシャボン玉石けん株式会社(北九州市)が、宗像市、山口大学、九州環境管理協会とともに、島の暮らしをまるごと石けんに変えてみるという試みだ。実験は、シャボン玉石けんが製品の提供と現地調査のサポートを担い、水質分析は九州環境管理協会、微生物調査は山口大学が担当。宗像市がそれを支えるかたちで進められた。
今回は、このプロジェクトを主導したシャボン玉石けんに話を伺った。
前代未聞!島の暮らしを巻き込んだ実証実験
地島は、宗像市沖に浮かぶ小さな離島で、当時139人・61世帯が暮らしていた。周囲を玄界灘に囲まれた海産物の豊かな島で、なかでも「曽根」と呼ばれる浅瀬で採れる天然わかめは、宗像大社を通じて毎年皇室に献上されるほどの逸品だ。
実験期間は2021年9月から11月までの丸3ヶ月間。島民には、洗濯用洗剤や食器用洗剤、シャンプーなど、日常生活で使う洗浄剤をすべてシャボン玉石けんの製品に置き換えてもらった。同社がトイレや車の専用洗浄剤を製造していないため、そうした一部の製品は対象外とされたが、それ以外はできる限り石けんに切り替えてもらえるよう協力を呼びかけた。
参加は任意だったが、宗像市の尽力もあり、最終的に島民の9割以上が実験に加わった。「島は海に囲まれていて、働いている方の多くが漁業関係者なので、海への関心はすごく高い。自分たちが使っているものが最終的に海に流れているっていうのをご存じなので、だったら協力したいと言ってもらえて」と担当者は振り返る。住民説明会でも「全然使うよ、協力するよ」と、前向きな反応が返ってきたという。
実験で島民へ提供された製品。左から無添加せっけんシャンプー専用リンス、酸素系漂白剤、無添加ボディソープたっぷり泡、シャボン玉せっけんハミガキ、無添加せっけんシャンプー泡タイプ、無添加フェイシャルソープ、シャボン玉スノール、シャボン玉台所用せっけん、手洗いせっけんバブルガード(現在は販売を終了している製品も含みます)。(提供写真)
調査では、下水処理場で処理された水が海に流れ出る直前の排水を採取し、2つの数値を測定した。
ひとつは、合成洗剤に広く使われている代表的な成分、LAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム)の濃度。LASは、魚や植物プランクトンなどの水生生物に対する毒性が確認されており、2013年には環境省が定める水生生物の保全に係る環境基準の対象に加えられた物質だ。実験を始める前の排水には、宗像市の定める基準値以下ではあるがLASが微量に含まれていた。それが石けんへの切り替えによってどう変化するのかを確かめるための指標である。
もうひとつは、水の汚れの度合いを示すBOD。私たちが排水口に流す汚れ、たとえば食べ残しや調理で使った油、洗い流した皮脂などは、その多くが有機物と呼ばれる物質だ。水中でこれらを分解してくれるのが微生物で、その際に必要となる酸素の量を測ったものがBODである。汚れ(有機物)が多いほど分解に酸素を要するため、数値が大きいほど水が汚れていることを意味する。こうした汚水が処理されず川や海に流れ込むと、分解のために水中の酸素が大量に消費され、魚など水中に棲む生き物に被害を及ぼすことがある。裏を返せば、処理場を出る水のBODは、そこで働く微生物がどれだけ汚れを分解できたかを映す数値でもある。
あわせて、下水処理場で汚水の浄化を担う微生物そのものについても、量や種類がどう変化するかを追跡している。
実験中、担当者たちは2週間に一度の頻度で島に通った。サンプルの採取は現地に行かなければできないうえ、実験に使う製品はすべて同社が提供していたため、その運搬も必要だったからだ。ところが住民が想定以上に積極的に使ってくれたため、製品の減りが早く、多いときは週に一度のペースで島へ渡ったという。
島へは船で渡るしかなく、一度に運べる量は限られている。しかも地島には港が2つあり、地区ごとに荷物を降ろして回る必要があった。「漂白剤のケースが12キロ弱ぐらいあって、すごく重たい。そういうのも全部運ばないといけなかったんですが、私だけでは時間がかかってしまい、船のチケットをもぎってくれる方とか、船を掃除管理している方とかが手伝ってくれて、何とか運べていました」と担当者は振り返る。台車で何度も往復し、保管場所に並べ、数を確認しては次に持ってくる量を調整する。すべてが手作業だった。
通ううちに、住民との距離も縮まっていった。「その頻度で行くとシャボン玉石けんの吉田さんって覚えられちゃうんですよね」。あの石けんはよかった、こんなふうに使ったら汚れ落ちがもっとよくなった。住民たちは自分たちで工夫した使い方を考え出し、周りの人に伝えて広めてくれていたという。研究職として働く担当者にとって、使う人の声を直接聞く機会は多くない。「研究をしていると一般のお客様に関わる機会はほぼないので、地島に行って初めて使っている方の声を直接聞けて、すごく新鮮でした」。
プロジェクトの中心を担った研究開発部 研究支援課 吉田さん。
島の人たちの協力のもとで続けられた3ヶ月。その結果はどうだったのか。
実験前と比べると、下水処理場から海へ流れ出る水に含まれるLASの濃度には、明らかな減少が見られた。水の汚れの度合いを示すBODも下がっている。さらに、下水処理場で働く微生物は、量と種類がともに増加傾向を示した。
つまり、合成洗剤から石けんに切り替えることで、下水処理場の微生物は活発になり、汚れ(有機物)がよりしっかり分解された状態で水を排出できる。実験は、そうした可能性を示す結果となった。
数値を細かく見ると、11月後半には値が上がったり、微生物の量が減ったりする時期もある。担当者によれば、秋から冬にかけての実験だったため、水温の低下で微生物の働きが弱まったことが原因と考えられるという。
なお、この実験でなぜ海そのものではなく下水処理場の微生物を調べたのか。実験計画の立案にあたった山口大学の今井教授は、同社の公式サイトに掲載された対談記事のなかでこう説明している。物質が海に与える影響の調査は季節性や外的要因に左右されるため、3ヶ月という短期間では無理があり、地島の天然わかめへの影響を調べるとなれば10年がかりのプロジェクトになる。そこで、世代交代の期間が短く、短期調査に適した微生物に着目したのだという。
同じ対談で今井教授は、実験の総括として、生分解性試験でLASと比較して石けんの分解性が高い値を示したこと、実験期間中に汚泥の状況が良好な場合に現れる菌が確認されたことを報告している。九州環境管理協会の百島理事長も、環境への負荷を低減するために石けんを使用することが望ましいと述べている。
石けんに切り替えたことで、微生物が増え、種類も豊かになる。3ヶ月という限られた期間ではあるが、実生活の排水でその傾向が確かめられたことになる。
ただ、担当者は、実験開始前には「これまで住民の方が合成洗剤を使用されていたので、急に石けんに切り替えることで微生物への影響が悪く出てしまったらどうしよう」という不安もあったと明かす。実験の開始は事前に発表していたため、結果が思わしくない場合も含めて、正直に公表する前提で臨んだ実験だった。
石けんと合成洗剤の違いとは?
そもそも、石けんと合成洗剤は何が違うのか。どちらも汚れを落とすための界面活性剤だが、原料と製法はまったく異なる。石けんの原料は、牛脂やパーム核油といった天然の油脂で、これに苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などのアルカリを反応させてつくられる。製法は大きく分けて、油脂に直接アルカリを加える「ケン化法」と、油脂からグリセリンを取り除き、残った脂肪酸を中和する「中和法」の2つがある。ケン化法は時間がかかるが、原料に含まれる保湿成分(グリセリン)が残りやすく、中和法は短時間で効率よく製造できる。シャボン玉石けんが採用しているのはケン化法で、1週間かけて炊き上げる釜炊き法(ホットプロセス)だ。
一方、合成洗剤に使われる合成界面活性剤は、主に石油由来の原料から化学的に合成され、大量に生産できる。
この違いは、使い終わったあとにも表れる。石けんは水中のカルシウムやマグネシウムといったミネラル分と結びつくと、水に溶けない粒のような、石けんカスと呼ばれる別の物質に変化する。浴室に残る白い汚れの正体だ。そうなると界面活性剤としての働きを失うので、汚れを落とす力を持ったまま水中に残り続けることがない、ということだ。
対して、LASなどの合成界面活性剤はミネラル分と結合しても洗浄力は劇的には変わらない。
排水口に流れていくのは洗浄成分だけではない。洗浄剤には、用途によって蛍光増白剤や、助剤、保湿剤、香料、着色料などさまざまな物質が添加されていることが多い。洗浄力を補い、使い心地を高めるための成分だが、これらもまた、使い終わったあとは水とともに流れていく。
使い勝手ではどうだろう。合成洗剤は、水の硬度や温度に左右されにくく、少量でも安定した洗浄力を発揮する。工業的に大量生産できるぶん価格も抑えられ、トイレ用、浴室用、コンロ用といった用途別の製品も豊富にそろっている。戦後、合成洗剤が急速に洗浄剤の主流となっていった背景には、こうした使いやすさがあった。
対して石けんは、使い方に少しコツがいる。水温が低いと泡立ちにくく、適量より少ないと汚れが落ちづらい。洗濯では石けんカスが残ることがあり、浴室では白い汚れとして付着することもある。いずれも、水の温度や使う量、洗い方を工夫することで軽減はできる。
参考:シャボン玉石けん「島まるごと実証実験プロジェクト結果【200号記念特別会談】」https://www.shabon.com/shop/post/jinoshima 、環境省 中央環境審議会資料(LASの水生生物への毒性) https://www.env.go.jp/council/09water/y094-13/mat02.pdf 、環境省 化審法優先評価化学物質及び一般化学物質に関するリスク評価のための有害性情報収集について(お願い) https://www.env.go.jp/chemi/kagaku/teikyo.html 、環境省「現在までに収集されている有害性情報」(令和8年4月更新) https://www.env.go.jp/chemi/kagaku/teikyo_00001.html 、経済産業省 PRTR制度 対象化学物質 https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/2.html 、PLOS Oneに掲載された論文© 2025 Kanyama et al. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371%2Fjournal.pone.0324842
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取材・文
星川 雅未(アートディレクター)
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撮影
大西 貴志(エコロジカルパスファインダー)