Report レポート
隅々までインフラの整った日本では、新しく大規模に何かを作ることが少なくコンクリート・セメント業界の需要は急激に減少している。しかし、CO2の排出量は日本の産業部門のうち窯業・土石製品製造業が7%(2022年度/環境省調べ)を占める。このうちの大部分がコンクリート・セメント業から排出されるもので、カーボンニュートラルを実現するには無視できない数字となっている。
コンクリート・セメント業のCO2排出量が多くなる要因として、原料の石灰石を採掘し加工する際、石に封印されていたCO2が放出されるというのがある。この放出されたCO2は、セメントがコンクリートとして硬化する際に吸収され、理論上プラスマイナスゼロになるものだが、実際はコンクリートの表面のみにしか吸収されておらず、放出されるCO2の方が多いのが現状だ。コンクリートを使えば使うほど、CO2は増えていく。解決策はどこにあるのか。
今回は、シュリンクする業界でコンクリートの可能性を模索し、低炭素コンクリートの普及に努める大成生コン株式会社(香川県三豊市)代表の三宅淳也さんにお話を伺いました。
前半はこちら(https://awaihikari.media/report/entry-138.html)
領域を超えた、瀬戸内海の回復実験
三宅さん:今年4月から社長業をやりながら香川大学大学院で創発科学研究科の博士後期課程に行かせてもらってるんですけど、研究しているのは地域の循環エコシステムについてで、結構、面白がられています。
循環のために、コンクリートは壊れやすいとか、生物が食べられるとか、無くなって元の素材に戻って消えていくような風化性能があってもいいと思っています。ナマコとか調べていると、最初コンクリートにしがみ付いてセメントをいっぱい食べていて。明らかに海中でカルシウムが不足しているんですね。だから生物の物質循環も含めて、そこも満足する新素材を開発しませんか?ということをやっています。
三宅さん:それで共鳴してくださったのが株式会社イノカさん(東京都文京区)なんですが、彼らは未知の材料を作った時に、それの良し悪しや生物に対してどんな影響があるのかを測る技術や、瀬戸内海に欠落している栄養が何か分析できる技術を持っています。我々はそこに対して建設業的なアプローチで、足りないものを混ぜ込んでいくことができる。
それで、話を持っていったら面白がってくれて、「瀬戸内渚フォーラム」というプロジェクトができました。その中には微生物学の先生がいたり、海底マップを作る人がいたり、民間企業のキヤノンがいたり、海外で戦っている日本のトップランナーたちが集まってきてくれている。瀬戸内渚フォーラムは行き詰まった人間の社会システムをアップデートするために、領域を超えて学術や産業を作らないといけないって、みんなで取り組んでいるんですよね。
「瀬戸内渚フォーラム」とは、海洋生態系・藻場の減少が日本国内で起きている現状に鑑み、株式会社イノカが保有する環境移送技術と、異分野の参加企業19団体が保有するアセットを掛け合わせることで、瀬戸内海の豊かな海を地域の人々とともに保全し、自然資本としての持続的な活用を目指すプロジェクト。
あわいひかり:三宅さんが最初に旗を振られたんですね。低炭素コンクリートからお話がものすごく広がってきました。水槽がいっぱいあるのは、そのためですか?
三宅さん:そうです。いきなり海に1tくらいの魚礁入れて、取り返しのつかない結果が出たら困るじゃないですか。最初は瀬戸内海を理解するために作りはじめたんですが、この瀬戸内海水槽に実験素材を入れてどう影響出るかとか、スモールサイズをいれてバグ出しするのにかなり早く実験できます。実際に海に実物を入れようと思ったら、許認可含めて年単位のスケジュールになるけど、水槽だったらやりたい放題なので。
あわいひかり:試験には瀬戸内海がいいんですか?
三宅さん:イノカさんが試験に瀬戸内海を選んでくれた理由は、代表の高倉くんが瀬戸内地方出身だったというのがあるのと、瀬戸内海って閉ざされた海になるので人為的なメソッドを投入した場合に比較的コントロールしやすいからです。日本海とか太平洋だったらキャパがデカすぎますからね。
とはいえ、僕個人としては、是非とも三豊市ないし香川県に着地させたかった。ネイチャーポジティブな方が多いので、僕が最初に考えていたプロジェクト規模より大きくなっていますが、瀬戸内海が傷んでいるのは明らかな事実なので、そこに対して人間が環境修復していくような新事業ないし新しいアプローチ方法がどうしても欲しかったんです。
海に対して人工の回復力、例えば対象が入らなくなったものに対して栄養体なり構造的なものを投入して対象を増やすなど、技術的には今まさしく始めていますけど、特殊な繊維やコンクリートを作って研究開発を進めていく。さらに、それを子供達に見せて山と海の関係性についてとか、物質の循環に対する正しい知識を教育していくような取り組みとか。あるいはそれらを調査する人がいるだとか。今、瀬戸内海では、領域を超えたプロフェッショナルたちがわちゃわちゃしていますね。
異業種での経験からくる発想と行動力
あわいひかり:ものすごいことになっているんですね。その三宅さんの環境意識の高さと行動力は、どこからきているんでしょうか。
三宅さん:生コン屋は家業で、僕は元々、大学院で半導体の微細加工を研究していて。その間、カメラにも興味があって民放でカメラアシスタントのバイトもしていました。就職はそのままメーカーの技術職へ進むか、カメラマンの道に進むかで迷ったんですが、先の想像ができなかったカメラマンになることに決め、NHKに技術職で入社しました。そこから16年間、NHKでドキュメンタリーを撮っていたんです。担当はダーウィンが来た!、ワイルドライフ、あとNHKスペシャルやプロフェッショナルも何本かやらせてもらいました。
デビュー戦はアリューシャン列島での60日間船上ロケ撮影だったんですが、そこからアフリカ行ったりアマゾン入ったり、南極の深海に入ったりだとか、普通じゃ考えられないような場所に沢山行かせてもらいましたね。そんな中、今の会社に後継者問題が浮上して、3年半前に戻ってきました。
あわいひかり:随分と異業種からの転職だったんですね。
三宅さん:そうなんです。カメラマンが経営者になるって大変なことですし、まず前職で四国に移動希望を出してそこから5年間、やれるかどうかいろいろ分析しつつ悩みに悩んで決断しましたね。
あわいひかり:世界中を飛び回るようなお仕事をされていて、やりがいもあったと思いますが、経営以外に地元に戻ってやりたいことはあったんですか?
三宅さん:正直もう転職のレベルを超えていたので、自分では転生したと言っています。当然、前職でまだまだやりたいこともありましたけど、でも地方創生に取り組んでみたいという想いも以前からあって。
3.11の東日本大震災(2011年)で東北にもかなり入らせてもらったんですけど、地方創生のレベルを超えて地域で生きる人を取り上げさせてもらっている中で、ここまで地域に対する強い思いを持っている人がいるんだということを知りました。僕はNHKの立場でそういう人たちを盛り上げていきたいと思っていたんですけど、自分はどうなんだと考えてみた時に、大型の番組をやってたらそれでいいのか?という自問が生まれたんですね。具体的に地域の番組もそうですが、それ以外にももっと深掘りして人口減少とか高齢化とか地域で起こっている問題に関与していきたいと思っていました。
あわいひかり:そういう点では、今はやりたいことのど真ん中で活動されているんですね。環境問題についてはいかがでしょう?
三宅さん:地元に戻ってから時間を見つけては瀬戸内海に潜っています。その体感ですけど、今後極めて短い期間で瀬戸内海によくないことが起こりますね。
去年、年間で28度くらいの水温になった期間が1ヶ月あったんですけど、今年は2ヶ月になりました。海藻は一年を通して増えたり減ったりしますが、年間を通して必ず生えている場所というのもあって。でも今年、なかったんですよ。すべて溶けて無くなっていました。気になって昨日も見たんですけど、どこにも無かった。暑すぎて海藻が溶けています。ありとあらゆる種類が溶けて無くなっている。ここから推測ですが、10年とか20年とかの短いスパンで沖縄化するような気候変動、生態系の変異が起こる可能性が高いと思います。
あわいひかり:そんな短期間で沖縄並みの水温になっても、生態系は追いつかないですよね。
三宅:そう。一度なくなる。もう少し緩やかであれば、それを取り戻すために温度変化の速度を落としたりだとか、サプリメントを入れるだとか処置ができますが、それの速度を超えてくる可能性があるので、これは大変なことになるんじゃないかって危機感を強めています。
漁師さんは異変に気づいていて、今年の夏の異常はこれから出てくると思います。でもみんなが気づく時には遅いんですよね。
あわいひかり:経歴から色々お聞きして、三宅さんの発想の柔軟さや問題解決への考え方のヒントをいただけた気がします。最後に、プラスチック業界へのアドバイスをいただけないでしょうか。
三宅:アドバイスなんておこがましいですが、垣根を超えた異業種とのシャッフルがとても重要だと思います。イノベーションを起こしたければ、最初に手を挙げればいろんなことが動くと思います。日本には本当に優秀な研究者がいますので。早く動くというのは、中小企業の面白みの一つですからね。
最初は馬鹿にされると思うし、お金にもならないのにとか言われるかもしれないけど、逆に周りが手を出さない期間が長ければ長いほど、先駆者特権じゃないですけど、基礎研究をじっくりできるということなので僕は前向きに捉えています。こんな変な生コン会社なかなか現れないですしね。
-
取材
奥田 拓己(ビジョナリーベーター)
-
文
星川 雅未(アートディレクター)