Report レポート
林業は、山で樹木の植林・育成・伐採などを管理し、木材やきのこ、薬草、樹脂などの林産物を生産する仕事。ひとことで生産といっても、木の場合、今日植えて来月伐採できるような簡単な話ではありません。スギなら60年、ヒノキなら70年が適正伐期。二世代前の先人が植えた木を伐採して売り、二世代先のために苗木を植え育てるという途方もない時間軸で行われる仕事です。
そうして生産された国産木材は、近年需要が高まる一方、価格は輸入木材の影響により下げ止まっており、林業はこれまで通りに木を植え育て伐って市場に出すだけでは収益を確保することが難しい産業となっています。それにより山に関わる人が減り手入れされない森林が増えたことや、人口減少により山間部に住む人が少なくなったことで里山が減り、豪雨時の災害や、熊、鹿、猿、猪などの野生動物と人との接触が各地で問題となっています。
今回は、そういった厳しい状況の中で、現代や未来に必要な里山と林業の在り方について、実験的な方法で模索している「黄金の森プロジェクト」を取材。森林面積のうち人工林が約80%を占める林業の町、愛媛県久万高原町でプロジェクトを主宰する久万造林株式会社 六代目 井部弘さんと森づくりリーダーの小野豊さん(HIFUMI合同会社)にお話を伺いました。
たったひとりで始めた活動
黄金の森プロジェクトが始まったきっかけは、12年前の2014年。久万造林株式会社、先代の井部健太郎氏が、これまでと同じやり方では成り立たなくなってきた林業(木材生産)を、今の時代に最適化するにはどうしたらいいかを模索する中で立ち上げた。久万造林が100周年という節目の年だった。
これまでの100年、林業で生産される木材は、主に住宅用の構造材や柱に使われることが多かった。しかし、いまは施工方法も変わり、昔ほど高品質の木材や和室に需要がなく、木材の価値が下がってきている。これからの新たな100年を考えた時に、他の利用方法や山自体に付加価値をつけていく必要を感じていたそうだ。
最初に取り組んだのが里山の整備。それまでスギやヒノキが主だった山と人の生活圏の境にクヌギを植えた。クヌギは20年程で伐採でき、椎茸の原木にも使われる。実はどんぐりなので、動物が食料を求めて人里に降りてくる必要はなくなり、原木をとった残りは薪として燃料に使えるので余さず使い切ることができる。健太郎さんはひとりで、動物と人の生活圏の境界となる里山を整備していた。
2020年には自社林の一部を全伐して、第一エリアと名付けられた森の再構築が始まった。目標は、従来の植林樹種スギ・ヒノキを半分に抑え、残りはクヌギやナラなどの広葉樹で多種多様な森にすること。そうすることで、木が自生していける森を目指す。健太郎さんは、この新しい森づくりにどうしても林業関係者以外のアイデアを取り入れたかったそうだ。
ちょうどその時、現在の森づくりリーダーである小野さんと出会う。小野さんは、庭づくりを生業としている。庭がメインではなく、背景に見える山や街並みを借景に手前の庭を作るという日本庭園の考え方で庭づくりを行い、ご自身で風景家と名乗る。健太郎さんと出会った時、小野さんは植林できる山を探していた。意気投合した二人は、次の日には山に居たそうだ。
「山が美しければ、庭はシンプルでいい。山に花が咲いていればそれを取り入れればいい。なによりも大きな山をきれいにできたら、街の景色も美しくなる。新緑や紅葉、誰もが季節を感じられるものが山づくりだなと思って、山づくりに参加できる場所を探していた。」という小野さん。
新しい森づくり
森づくりのアイデアを求められた小野さんは、古墳を研究されている方の著書に「人が手を入れている古墳より手を入れていない古墳のほうが、多種多様な植生」と書かれていたことに着目。植樹はするけど、それ以外は自然に任せたほうがいい森ができるんじゃないかという仮説に基づき、第一エリアは「自然に任せた森づくり」を行うフィールドとなった。
スギの他に太陽光を好むコナラ、トチ、ウラジロカシ、ケヤキ、モミジ、合計6種175本の苗木を植樹した以外は、自分たちが使う通路とちょっとした休憩スペースを確保。そこには、未来の御神木となるものとして杉の切り株を真ん中に新たなスギが10本まとめて植えられた。
現在は、植樹した木と自生した草木が背丈以上に伸び、多様種が水や養分をめぐり競い共生しながら変化している様子(植生の遷移)が観察できる。人工的な杉の森だった場所に、80年ぶりにタラノキも生えてきた。通路に面しているところと茂みの中で植生が違うのも興味深い。生き物においては、猪や他の動物たちがいなくなり、代わりに虫がとても増えたそう。「虫の音がものすごいんです。」と小野さん。この第一エリアが見た目で森っぽくなるのは10年後の予定だ。
対して第二エリアは、伐期前の杉の森をフィールドに「いまある森を活かす多様な森づくり」を目指す。
手法は、明治神宮の森づくりに習っているそうだ。明治神宮の森は、もともと原っぱから作られた。全国から松の木を移植し、松が作る木陰で育ちやすいカシやクスノキ、シイなどの広葉樹の苗を植樹。苗木が育つ頃には松の木が枯れ、自然と植生が入れ替わることを設計して作られた森だ。
第二エリアでは、杉の木を伐る頃に植生が入れ替わるよう、木陰で育ちやすいソヨゴ、カツラ、ケヤキ、ウラジロカシ、エゴ、アカシデ、モミ、モミジの合計8種が90本ほど植えられている。あとはその場にある自然のものを少し動かし、人のための最小限の通路とスペースを整備。人のためのスペースはメイン通路から少し奥まったところにあり、木でできたベンチや、大人3人が横になって過ごせるくらいのウッドデッキが設けられ、そこに佇むと森を全身で感じることができる。
人が集まれるスペースには、プロジェクトの始まりを示すものとして、小野さんが選んだ杉の木にしめ縄がかけられている。「いま、このしめ縄にしるし以上の意味はないけど、きっとこの先、この行為そのものに別の意味がついてくると思っている」と小野さん。人を案内する時には、必ず箒で通路の落ち葉を掃除してから案内しているそう。プロジェクトの大切な場所に導くための厳かな儀式にも感じられる。
山を利用した取り組みとJ-クレジット
新しい森づくりと連動して、森の中のスペースを生かし山自体に付加価値をつけることも黄金の森プロジェクトの目的だ。
第一・第二エリアから少し下ったところに久万造林の社屋があり、その奥にはカフェやサウナテントなどの施設がある。希望者がイベント出店できるスペースもあり、山を楽しむ拠点となっている。木々の間のスペースを利用したワークショップや山の観察会など、さまざまなイベントも不定期で行っているそう。たくさんの人に山へ足を運んでもらうことで、木や森の大切さを知ってもらい、山を守っていく手段を増やしている最中だ。今後は、継続的な活動にするため、事業として収益化を目指しているそう。
森づくりメンバーの他にも、カフェ店オーナー、バイク店オーナー、山岳博物館、キャンプ場運営会社、写真家など、さまざまな業種から想いに共感するメンバーがプロジェクトに参画している。
2025年8月には、久万造林が日立システムズと協創して販売したJ-クレジットを、四国ガス株式会社が購入した。愛媛県初の森林由来J-クレジットの取引となった。
J-クレジットとはいわゆるCO2の取引で、久万造林が管理する森林が削減したCO2を、四国ガスが自社で出すCO2と引き換えるための仕組みだが、今回は、久万造林の「森を育てて未来につなぐ」取り組みや想いに深く共感した上での取引だったそうだ。それにより、数字の売買だけではなく、この先、共に森林保全や豊かな地域づくりをしていくことが計画されている。この取引で、ひとつ、山に新しい価値がついた。
根底にあるのは借り物という意識
久万造林が管理する山は320ヘクタール。サッカーコートに換算すると約448個分という広さ。うち、1ヘクタールを黄金の森のテストフィールドとしている。
井部さんは、この土地は自分たちのものじゃないという。もちろん、登記簿上は久万造林が所有をしているのだが、すべては自然のもので、それを人間である自分たちがお借りし利用させてもらっているということだ。
自然はさまざまな恵みを与えてくれるが、時に残酷で厳しく、人が自然をコントロールできることは一つもない。しかし現代まで、人はどんなに厳しい状況に見舞われても、自然に学び、知恵を使い工夫をしながらそれぞれの場所で生活してきた。林業もその積み重ねられた知恵や工夫、自然への畏敬の上に成り立っている。どんな時代であろうとも、人の都合だけで、あるべき森や林業をなくしてしまうと取り戻すのにとてつもない時間を有するだろう。だからこそ、人の都合だけで森の形を決めるのではなく、木や動物や虫、山を共有するすべてのものが幸せに存在できる森づくりを前提に林業を考える。久万造林は、それを神話型林業と名付けている。
あわいひかりは、これからもこの新しい取り組み「黄金の森プロジェクト」を見守っていきたい。
カフェの入り口にて。左から、井部悠紀さん、小野豊さん、井部弘さん。
黄金の森プロジェクト [主宰]久万造林株式会社 [参画]四国ガス株式会社、HIFUMI合同会社(森づくりリーダー)、株式会社Beaver(山林施業)、面河山岳博物館(植物相調査)、株式会社LANDSKY・久万珈琲焙煎所(カフェ・イベント企画)、橲(ウッドデッキ制作)、N.CAMP(カフェ)、曽我部洋平(撮影)
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取材
岡崎 誠(グリーンパッケージャー)
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取材・文
星川 雅未(アートディレクター)