Report レポート
1.毎年約1,100万トンが海へ放出されているというプラスチック
海はわたしたち人類にとってかけがえのない存在だ。だがその水面の下には、わたしたちが残した“時間の負債”が漂っている。
世界では年間約4億トンのプラスチックが生産され、その半分が使い捨て用途に消え、毎年約1100万トンが海へ流出しているとも言われる。海洋に漂うマイクロプラスチック、海鳥や魚の体内から見つかるプラスチック片。私たちは「便利さ」を享受する一方で、かけがえのない生態系や自然環境を破壊し後世へ負債を残している。
冨山:「従来のプラスチックは自然界で分解されるまで数百年かかります。」
つまり、私たちが数分使った製品が、何世代にもわたり残り続ける。
その現実に、25年以上前から向き合い続けてきた人物がいる。ピーライフ・ジャパン・インク株式会社、代表取締役CEO 冨山績だ。
ピーライフ・ジャパン・インク株式会社 代表取締役CEO 冨山績
冨山氏は慶応義塾大学大学院工学研究科・機械工学専攻の修士課程を修了。彼のバックグラウンドは、化学でも材料科学でもなく、金属やセラミック製品を加工する「工作機械(マザーマシン)」の高能率化の研究だった。大学最終年と大学院では「本当は行きたくなかった」という厳しい研究室に配属されたが、そこで論理的な研究の進め方、データと事実に基づく思考法を叩き込まれた。この徹底した研究姿勢こそがP-Lifeのエビデンスを支えることになる。
冨山:1997年、米国のRobert Downie氏の技術ライセンスを受け、日本で分解性添加剤の販売を始めました。当時の製品は、ポリエチレンに澱粉を混ぜることで微生物を誘引し、崩壊を促すというものでした。しかし、実際にはポリエチレン自体の分解には至らなかった。そこからが本当の研究の始まりでした。
2001年、私たちは「なぜPEやPPは分解されないのか?」という本質的な問いに向き合い、分子レベルでの分解メカニズムの解明に取り組みました。米国にProgrammable Life Inc.を設立し、Robert Downie氏と共同で開発を進め、現在のP-Lifeへとつながる基礎技術を確立しました。
2003年には製造・販売ライセンス契約を締結。2004年以降はピーライフ・ジャパン・インク株式会社がすべての製造販売権を引き継ぎ、現在では世界25カ国以上で展開しています。
2.既存プラスチックを“変える”のではなく
既存プラスチックに“還る力を持たせる”
冨山:生分解性プラスチックはすでに存在していました。しかし物性が比較的弱く、用途が限定され、価格も高い。一方で、PEやPPは圧倒的に安定したプラスチック素材です。
リサイクルの世界ではプラスチックは資源です。しかし同時に回収できないプラスチックの存在も目の当たりにしてきました。
例えば、
・農業用マルチフィルム
・林業の苗木保護シェルター
・広大な山間部に点在する資材
これらの回収コストは莫大で手間も大きく、汚れも激しく再利用は困難です。
「回収できないなら、使用後に自然に還せばいいのではないか?」
3.なぜPPやPEは分解されないのか?
―科学者としての疑問
あわいひかり:P-lifeの開発の背景にはやはり海洋プラスチック問題が一番大きかったのでしょうか?
冨山:もちろんです。しかし正直に言えば、最初から環境ビジネスを目指していたわけではありません。
私は技術者です。
PEやPPはなぜ分解しないのか。その理由を解明したかった。
炭化水素鎖
疎水性
高分子構造
微生物にとっては“食べ物ではない”分子構造です。
しかしある日、思いました。
「微生物が食べられる形に変換できればいいのではないか?」
海洋プラスチック問題が世界的に注目される以前から、私の頭の中では分子構造の再設計が始まっていました。それは理想論ではなく、化学反応の設計でした。
4.高分子を“微生物が食べられる分子”へ変える
P-Life本商品
P-Lifeは添加剤です。植物油由来の脂肪酸塩を主成分としています。添加量は1.5〜5%。仕組みは二段階です。
第一段階:高分子の低分子化
低分子化合物を土壌や海洋の微生物が栄養源として取り込み、最終的にCO₂とH₂Oへ分解します。重要なのは、P-Lifeは“砕く”のではなく、“食べられる分子へ変える” のです。ISO17556、JIS K6955といった国際規格でCO₂発生量を測定し、真の微生物分解を証明しています。
5.誤解と孤独、そして小学校の花壇から始まった革命。
あわいひかり:素晴らしい商品なのになぜか日本では普及しませんでした。
冨山:酸化型分解プラスチックとの混同がありました。「どうせマイクロプラスチックになるだけだろう」などと言われたこともあります。科学的データを示しても疑念は簡単には消えませんでした。ただ疑うことは科学の本質。だからこそ「誰が食べているのか?」の決定的な証拠が必要でした。
そこで2021年。慶應義塾大学理工学部、宮本憲二教授と株式会社伊藤園との共同研究が始まりました。
舞台は鎌倉市の小学校で「地球に還るストロープロジェクト」という形で、子どもたちが給食で使ったP-Life含有PPストローを校庭の花壇に埋めて微生物叢を分析するというものでした。
数ヶ月後、土壌を採取し電子顕微鏡で覗いたその瞬間、ストロー表面にびっしりと付着した微生物群がはっきりと見えました。
電子顕微鏡画像(左写真)は大量の微生物(分解菌)がP-Life含有PPストローの表面に直接付着していることを明確に示している。
特定された菌種は、
・Cupriavidus sp.
・Camelimonas lactis
・Bacillus sp.
という日本全国の土壌に存在する微生物でした。「実際に誰が食べているのか?」がこれで明らかになり、ようやく私の25年間の研究が報われたと感じた瞬間でした。
6.無くすのではなく「還す」。
プラスチックと人類、地球環境の最適バランスとは?
P-Lifeが使用された世界各国の商品
あわいひかり:プラスチックとわたしたち人類はどのように向き合っていくべきでしょうか?
冨山:EUの使い捨てプラスチック規制、拡大生産者責任制度など世界は今まさに転換点にあります。そして生分解性プラスチックは物性やコストの問題があります。
しかし「P-Life」は既存のPE・PPに添加するだけであり、特別に設備投資が必要でもなく何かを変える必要がありません。これはコストや機能面、産業としても大きなメリットです。
PPやPEは、約80年にわたり長らく人類の生活を支えてきました。医療、物流、食品保存などこれを全て無くすことは不可能です。
問題は素材ではなく、循環しないこと。
プラスチックを使用中は高性能を維持し役目を終えたら微生物が分解する。それが実現すれば、プラスチックはもはや環境の敵ではなくなるはずです。
P-Lifeは、既存のPEやPPといったプラスチック素材の性能をそのままに、役目を終えた後の出口を自然に繋げる技術です。P-Lifeによってプラスチックが自然に還る道を作ることで、人類とプラスチック、自然とのバランスを保てるのではないでしょうか。
実は、私は「生分解という言葉が本当は好きじゃありません」。英語の「Biological degradation(biodegradable)」を日本語に訳した際に「生分解」という言葉が生まれたと思いますが、これでは「微生物の働きで分解する。」という本質が伝わらないと感じています。「微生物分解」というと『微生物分解って何?』と聞いてくる人が増えました。そして写真を見せると、ああそういうことかと初めてイメージが繋がります。
P-Lifeと微生物、この二つが揃うことで、プラスチックは自然に還ること(微生物分解)ができるのです。
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取材・文
中田 晃博(ビジネスデザイナー)