Report レポート

観光地の食品廃棄物からプラスチックを生成?!ある学生の挑戦と研究。

2024年5月、世界約70の国と地域から1,500人以上の学生が参加し「科学のオリンピック」とも呼ばれる世界最大の科学コンテスト『リジェネロン国際学生科学技術フェア(Regeneron ISEF)2024』にて、池上十和子さん(近畿大学附属豊岡高等学校3年)の研究が、Microbiology(微生物学)部門で4位を受賞しました。
発表テーマは、「カニ殻からバイオプラスチックを生成する新規微生物の探索と同定」。研究により、エビやカニ殻などに含まれる糖の一種「キチン」からバイオプラスチック原料の一種であるポリヒドロキシアルカン酸(以下、PHA)を生成する微生物と、カニ殻そのものを食べPHAを生成する微生物を発見したことを発表。どちらも未だ存在を知られてなかった新発見なのですが、特に後者は、特定の成分を抽出することなくカニ殻から直接PHAを生成できる大きな発見で、廃棄物の有効利用や、コスト高により滞るバイオプラスチック普及の突破口の一つとなりうる研究発表となりました。
今回は、研究者である池上十和子さんと研究をサポートされた原啓文特任教授(東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物エコテクノロジー社会連携講座)にお話を伺いました。

きっかけはセミの羽。

小中学生の頃に環境についての授業で、生分解性プラスチックのほとんどが60度以下の環境では分解されないことを知り、もっといいアイデアがないかと以前からたまに考えていた池上さん。ふと中学3年生の夏に、自然界にプラスチックに似た性質のものがあれば、それを模倣することで新しいプラスチックの参考になるのではないかと思いつき周りを見てみると、セミの羽がプラスチックっぽいことに気がついた。
調べるとセミの羽には「キチン」という物質が多く含まれる。さらにキチンは、エビやカニなどの甲殻類にも含まれることを知り、城崎温泉で知られる地元兵庫県豊岡市の名産がカニなので、なにか面白いビジネスになる気がして「カニ殻からプラスチックを生成する」というアイデアについて本気で考えるようになったそうです。


城崎温泉から廃棄されるカニ殻は推定年間165トン。これを有効利用できれば、廃棄物が資源となり、地元にも新しい産業を生み出せる可能性が。

ないものを作るのには自分で研究するしかない

アイデアを実現する方法が分からず、形にするには自分で研究するしかないと思い立った池上さん。SNSでなにかいい機会やプログラムがないかと探す中で、科学技術において意欲のある学生を育成サポートするグローバルサイエンスキャンパス(GSC)の存在を知り、その中でも東京大学で研究ができるUTokyoGSC-Nextへの参加を志望した。
UTokyoGSC-Nextは、選考を通過した学生のみがプログラムに参加でき、研究をするための基礎を養う講義を受講しながら各自取り組みたいテーマの研究計画を立てる。その後、研究テーマのプレゼンテーションを経て、選考を通過した学生のみ実際の研究へと進める科学技術の人材育成を目的とした機構。

池上さんがUTokyoGSC-Nextに参加した年はコロナ禍で、ほぼオンラインリモートでの受講だった。そのため、一緒に学ぶ仲間とのリアルな交流はなかったものの、ソーシャルプラットフォーム上では密に繋がり、知識の共有や闊達な意見交換が行われた。その中で固定観念を覆されるような刺激も多々あり、研究というものに知識がなかった池上さんは、この過程が今回の研究テーマを設定する上ですごく重要だったと振り返る。
勉強するにつれ、プログラム参加時に設定した研究テーマは非現実的だとわかり見直すことにしたが、なかなか思うテーマが設定できず他の人と比べて焦った時期もあったそうです。しかし、PHAの存在を知り、糖の一種であるキチンがPHAの原料になりうることに気づき、それを可能にする微生物を探してみようという結論に至った。そうして、池上さんの中で納得いく研究テーマができた。

その研究テーマでUTokyoGSC-Nextの第二選考を通過し研究が始まるのですが、その際サポートされたのが、応用微生物学・環境微生物学を専門に研究されている原特任教授。選考の際に池上さんと面談し、意気込みと熱意を確認され、受け入れを決めたそうです。
2023年3月から工場や漁船など、カニ殻を分解する菌が存在しそうな場所の土壌サンプルを集め、原特任教授とマレーシアからの外国人博士研究員2名のサポートのもと、サンプルを分離培養し数値を調べる作業が始まった。そこから翌年3月まで採集・単離・計測をくり返す地道な研究が続いた。


左から、外国人博士研究員のAiraさん、池上さん、原特任教授。池上さんは地元が遠方で、毎日研究室に通えた訳ではないので、原特任教授と外国人博士研究員のAizaさんとAiraさんの暖かいサポートに何より感謝されているそう。

その結果、カニ殻からPHAを生成する新たな2種類の微生物を発見し、前出の受賞以外にもJSEC2023(ジェイセック2023 第21 回高校生・高専生科学技術チャレンジ)文部科学大臣賞と、リジェネロン国際学生科学技術フェア2024において優秀な成績をおさめたことに対し文部科学大臣表彰を受けた。


リジェネロン国際学生科学技術フェア2024の研究発表ブース。写真提供:NPO法人日本サイエンスサービス(NSS)

審査時、研究発表ブースが隣同士で仲良くなった方と互いの受賞の驚きと喜びを分かち合う。写真提供:NPO法人日本サイエンスサービス(NSS)

リジェネロン国際学生科学技術フェア2024の研究発表ブースの様子。

JSEC2023(ジェイセック2023 第21 回高校生・高専生科学技術チャレンジ)文部科学大臣賞受賞。

研究は、自分の思い描いていたアイデアを形にできる素敵なもの

新たな性質を持つ微生物を発見した時のことを池上さんにお聞きしました。
「今回の発見は、顕微鏡などで見て分かるものではなくデータを分析し数値で判断するのですが、基準値より大きく異なった数値を見つけた時は、より詳細に分析するのが楽しみで、これからのことを考えてとにかくワクワクしました。
研究という行為については、『自分の思い描いていたアイデアを形にする』を最も体系的に表している感じがして、すごく素敵だと思います。各研究者がそれぞれひとつずつコマを進めることで、ピースが合わさり大きな研究となる。結果、あらゆる人々にとって理想の社会が構成されていく感じがしました。研究について色々な捉え方があるとは思うけれど、私はそれをとても魅力的なことだと体感しました。」

現在、池上さんはUTokyoGSC-Nextのプログラムは終了したそうですが、発見した微生物のさらなる分析を進め、原特任教授とともに実用化に向けた研究を続けています。


廃棄されたカニ殻を採取する池上さん。大量に積まれ腐敗していたこともプラスの要因だったのかもとのこと。

これから研究に携わりたいと考える学生へ

最後に、池上さんと原特任教授に、これから研究に携わりたいと考えている学生に向けて一言いただきました。

池上さん
「やりたいことができるプログラムやサポートしてくれるところをインターネットやSNSで色々調べてみてください。純粋に自分がやりたいって思ったことの熱意を大切に、変に分かったふりをせず、分からないことも含め、正しい場所を見つけてぶつかってみるのが良いと思います。そして、その過程を何より楽しんでください。」

原特任教授
「研究で答えを出すことはもちろんなのですが、それよりも質問を作ることの方が重要だと思っています。何が分かっていて、何が問題で、何をしないといけないのかを考えて、質問を作れる能力。
自分が不思議に思うことを、なんで?と疑問に思うことがすごく重要で、それが興味につながるし、研究につながっていくので、その思い大切に深めて行ってください。」

※バイオプラスチックとは、動物・植物・微生物などの生物に由来する再生可能な有機性資源(バイオマス)を主原料とするプラスチックのこと。
※生分解性プラスチックとは、自然界において特定の条件で水と二酸化炭素に分解されるプラスチックのこと。
写真提供:池上十和子さん、NPO法人日本サイエンスサービス(NSS)

  • 取材・文

    星川 雅未(アートディレクター)