Series 連載

1000軒以上のカレーを食べ歩き、その多様性と歴史、店ごとの個性に魅了され続けてきた。
カレー屋の夢を実現する為、アルバイトの掛け持ちを始めたが挫折。挫折から学んだ経験と、環境への関心も持ち持続可能な未来のための取り組みをカレー業界でも促進したい。独自のスパイスカレーと瀬戸内の食材を焦点を当て連載していく。

安藤 真理子(アートディレクター)

第5話 令和の米騒動と、山の水の味

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「米がスーパーから消えた!?」

そんなニュースを聞き、近くのスーパーやお米屋などを探しに行った。
「次のもくせと営業のお米が無い、どうしよう!」
カレーはお米があってこそなのだが…。

そんな中、香川から一袋のお米が届いた。
袋から”畑のこだわり”を感じる。
本社のマサトさんの義実家で作っているお米らしい。


マサトさんのお義母さんである梶本さんに詳しい話を聞かせてもらった。

梶本家の田んぼは水がキレイな山にあるという。
澄んだ水が土を潤し、その水がまた土へと戻る。米作りの理想形だろう。

梶本家のお米作りの歴史は古い。
梶本さんのお祖母さんが嫁いできた時、既にその田んぼは牛とともに耕していたらしい。
ゆっくりとした時間の流れと、土の香り。
その記憶が今もこの米に息づいている気がした。

今回お米をいただけた経緯についても聞かせてもらった。
「昨年のお米が残ってしまったので、子ども食堂に持っていこうと思っていたんですよ。
でも、ちょうどあわいひかり農園(社内の食堂にある直売所)の話をマサトさんに聞いて、
出品してみようかなって。」

食べる量が減ってきたことに「年齢のせいかな?」と、笑っていた。
少し寂しいけれどそこには愛おしさが滲む。
作り手だからこそ最後の一粒まで食べてほしい。
そんな思いが聞こえた気がした。

そして令和の米騒動についても梶本さんはこう語った。

「正直、あまり実感はなかったですね。
でも、自分の田んぼがあって本当によかったって改めて思いましたよ。先祖に感謝です。」

都内のスーパーの棚は空っぽでも、梶本さんの畑にはキレイな山の水と確かな土がある。
そして、その畑で今年もまた、お米が作られるのだろう。


私はこの香川の米に合うカレーを考えた。
牡蠣カレーはどうだろう…。冬には必ず食べたくなるメニューの1つだ。
ふっくらと炊き上げた白いご飯に、黄金色のカレーがとろりと広がる。
その中心には、ぷっくりと身をふくらませた牡蠣が鎮座し、
見ているだけで心が静かに震えた。

口に入れた瞬間スパイスの香りが鼻腔をくすぐり、
次の瞬間牡蠣の濃厚な出汁がじんわりと舌の上に広がる。
いい感じ。私の理想に近い牡蠣カレーの味だ。


さあそろそろ営業時間だ。昼休みに入り社員達が入ってきた。
湯気を立てる鍋の中身に目を輝かせる。
「うわ、牡蠣!美味しそう〜!」そんな声が飛び交った。
仕込みに時間はかかったが、時間をかけた甲斐があったなと思う。

「こんなカレー初めて食べました!牡蠣とカレーって合うんですね!」
と社員に声をかけられた。
「このお米に合うように作ったんですよ」と私は答えた。
和風調味料で味を整えたのだ。

今日は二日酔いの上司が来ていない。
どこかで「木曜日はせとうちカレーの連載のプロデュース業で忙しい」
などと言っていたが本当は飲み歩いているだけだ。
”ダシ”に使われていることはわかっている。和風調味料だけに。

牡蠣の出汁はカレー全体に染み渡っている。
白米と出汁、スパイスの三位一体。
ひとつの完成された世界をみんなに味わってもらいたかった。

気がつけばみんなの皿は空っぽ。
牡蠣香りを残した食後の余韻に、みんな満足そうにしている。良かった。


冬の寒さも本格化してきたある日、大きいダンボールが届いた。
本社から沢山の野菜が届いたのだ。
何の野菜が入っているだろう…。

まず目に飛び込んできたのは立派なブロッコリー。
鮮やかな緑色で、茎の部分まで瑞々しい。
触れるとほんのり冷たくて、今朝、畑から収穫されたのかと思わせる。
次に大根とじゃがいも。それぞれ袋に包まれていた。


ブロッコリーかー…サブジなんてどうかな?

野菜の惣菜が沢山あるインド料理。
まだ作った事のない料理が沢山あるが、
どんな一皿に変わるのか少しわくわくしながらまたキッチンに向かった。

  • 文・撮影

    安藤 真理子(アートディレクター)