Series 連載

1000軒以上のカレーを食べ歩き、その多様性と歴史、店ごとの個性に魅了され続けてきた。
カレー屋の夢を実現する為、アルバイトの掛け持ちを始めたが挫折。挫折から学んだ経験と、環境への関心も持ち持続可能な未来のための取り組みをカレー業界でも促進したい。独自のスパイスカレーと瀬戸内の食材を焦点を当て連載していく。

安藤 真理子(アートディレクター)
「白菜やキャベツが600円するらしいよ」
そんな話を聞いたのは、まだまだ鍋料理が恋しい春先のこと。
物価高騰の波は、野菜にも確実に押し寄せていた。
一人暮らしの社員たちは
「野菜が食べたいけど、高すぎて手が出ない」とぼやいていたが、
そんな時本社のミサさんから連絡が届いた。
「畑でたくさん野菜が採れたから、東京に送るね!」
その言葉に思わずほっとする。

届いたダンボールを開けると新鮮な野菜が沢山入っている。
そしてほんのりと草の青さとどこか懐かしい土の匂いがした。
早速ミサさんにお礼を伝えたところ
ミサさん家の畑についてたくさん教えてくれた。
ミサさんの家では、約1年前から娘さんと一緒に畑仕事を始めたそうだ。

「自分たちで育てた野菜は、買うのとはまた違う愛着が湧くし、
何より安心して食べられるしね。
野菜の観察をしたり、収穫を喜んだり、テントウムシを見つけてはしゃいだり。
畑には、スーパーでは味わえない日々新しい発見がたくさんあって。
とはいえ、すべてが順調なわけではないけど。
無農薬だから葉っぱが虫に食べられることもあるし、
あられに打たれて傷つくこともあるんよ。
でも、それも自然の一部。
むしろ、市場に出る野菜がどれだけ手をかけられ、
大切に育てられているのか、改めて実感するきっかけになったの。」
話を聞きながらミサさんの娘さんの元気な笑顔が思い浮かんだ。
「だからこそ、スーパーで形の悪い野菜を見かけても、
それを選ぶことが農業を支える一つの方法だと思うようになったかな。
畑での野菜作りは私自身にとっても、学びと気づきの貴重な時間。
自然の恵みに感謝し、これからも楽しく続けていきたいと思ってる。」
ミサさんの話を聞いて、
畑は憧れではあるが無農薬で野菜を育てることの大変さをしみじみ感じた。
そしてメニューを考えた。
野菜の甘味を生かした野菜が主役のカレーにしたい。
色鮮やかな赤かぶや大根を使って春野菜の「サンバル」を作ってみようかな。
「サンバル」とは南インドの豆と野菜をたっぷり使った
優しい味のスープカレーみたいなものだ。
菊芋は食べたことがなかったが、
話によると里芋とじゃがいもの中間のような食感らしい。
スパイスをまぶして焼くことにした。
スパイスの香りが、食堂いっぱいに広がる。
モエリさんが「お腹が空いてくるね」と笑った。

「サンバルって何?」と言いながら頬張る。
じっくり煮込んだカブや大根が、スプーンの上でほろりと崩れる。
「うん、うまい!」と誰かが言えば、
周りからも「本当だ」「体に染みる味」と次々と声が上がる。

たっぷりの旬野菜を味わえる贅沢。
そして、それをみんなで囲む楽しさ。
社員たちの幸せそうな笑顔を見ながら、ふと思う。
やっぱり食は、人を元気にするんだ。
二日酔いの上司が何故か近所で人気のカレー屋に行こうとしていた。
今日は二日酔いには敵面のカレーですよ?
100名店のネームバリューにはまけない自信があった。
「美味いやん…」
畑から届いた恵みが、こうして食卓に並び、誰かの活力になる。
そんな温かい食堂の光景を眺めていたら、
また本社からカレー用に食材が届いた。

ふわりと甘く芳醇な香りが立ちのぼる。酒粕だ。
一体どんな味になるのだろう?
甘みが引き立つのか、それともコクが増すのか。
想像するだけでわくわくしてくる。
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文・撮影
安藤 真理子(アートディレクター)