Interview 対談・インタビュー

【田口薫氏×奥田拓己氏】便利さの追求や行きすぎた価格競争の現実から、グラビア印刷業界の持続可能な在り方を考える

いまや私たちの生活に欠かせない、グラビア印刷(食品や日用品のパッケージフィルムに用いられる印刷方法の名称)業界。柔らかいプラスチックフィルムで作られた袋やパッケージはすべて「ビニール」と呼ばれがちですが、ビニールはその中の素材の一つで、他にも多種多様な素材・機能をもったフィルムが存在します。グラビア印刷は直近のコロナ禍においても、私たちの衛生的な生活を支える一翼を担っていました。しかしその陰で、過当な価格競争や過剰な品質追求が行われ、作り手の労働環境は良いとは言えない状況に追い込まれています。今回は、私たちが便利で衛生的な生活を送れることの影の立役者、グラビア印刷業界の持続可能な在り方について、全国グラビア協会組合連合会会長の田口氏と北四国グラビア印刷代表の奥田氏にお話をお聞きしました。

田口 薫さん

全国グラビア協同組合連合会 会長

1944年、岐阜県下呂市生まれ。グラビア印刷の開発・製造・営業とあらゆる分野に従事。現在においても、中小から零細まであまねく業界の未来を良くするために大手や行政への働きかけや、全国各地に出向いて講演などを行う。永年にわたる業界への功績により、平成27年、旭日小綬章が授与される。

奥田 拓己さん

株式会社北四国グラビア印刷 代表取締役社長

1963年、香川県観音寺市生まれ。高校まで地元で過ごした後、京都で大学生活を送る。卒業後は東洋インキ製造株式会社に入社し、グラビア印刷に必要な製版、インキについて学ぶ。1990年に北四国グラビア印刷に入社し、2006年代表取締役社長就任し、現在に至る。

コロナ禍を経て、パッケージ業界に起こった変化を教えてください。


田口:個食用の食品パッケージが増えたと思います。袋の中に食べ物が入っていて、電子レンジで調理ができるもの。簡単だし、美味しいし、すごく売れるようになった実感があります。

奥田:私どもも巣篭もり需要で、家庭内で消費する冷凍食品をはじめとする手軽な食材が急激に増えました。一方でお土産ものやインバウンド絡み、業務用の商材が激減しました。常にそうなんですが、どっかが増えてもどっかが減るとか、どっかが減ってもどっかが増えるとか、非常にありがたい業界というのと同時に、コロナ禍でグラビア印刷は色々な分野に貢献していることを実感することができました。
しかしその分、従業員は大変でした。受注産業なので、急に無くなったり増えたりするのに対応しないといけない。それをコロナ禍ではみんな歯を食いしばって頑張ってくれました。私たちは、病院などと同じエッセンシャルワーカー(医療や福祉、第一次産業や行政、物流や小売業など、いかなる状況下でも必要とされる社会生活を支える職種)だと思っていますので、どんな状況でも止まることができないんです。

田口:おっしゃる通り、この業界はエッセンシャルワーカーなんです。災害や何かが起こると、一時的にものすごく残業が多くなります。しかし、我々が止まると物流が止まってしまうんです。
あとコロナ禍の変化としては、デザイナーさんが工場に印刷を見にこなくなりました。そうすると自社の社員が代わりに細かい仕上がりをチェックすることになるんだけど、それでもご満足いただけるクオリティーのものを作れるようになり、工場の能率が上がりました。

工場の能率が上がったのは副産物ですね。業界抱える問題の一つに過剰品質があると思いますが、そのあたりはいかがでしょう?


田口:随分前ですが、東日本大震災の直後は求められる品質基準が下がりました。下がったと言っても今まで過剰に求められていたことが許容される程度で、パッケージとしての性能が下がったわけではありません。日本は、中身に影響がなくても常に均一で美しい包装が好まれます。印刷においても一点のブレもないものを求められますからね。でも、下がった基準はすぐ戻りましたね。

奥田:印刷機を回したら1枚目から安定して最高の状態のものが出てくると言うわけではありません。品質が高いと言うことは、満たないものは捨てられているということです。その辺りのロスの部分を、グラビア印刷を発注する方や商品を購入する一般の方に少し許容いただけたら廃棄を少なくできるのですが。


日本の環境印刷への取り組みは、どんな感じでしょうか?


田口:世界と比べても遅れておらず、意識も高いと思います。世界はもっとCO2を排出していますから。
取り組みの具体例としては、大気汚染防止法に則り工場で出る有機溶剤を含む空気はそのまま大気に放出せずに、処理装置で燃やしています。そうするとCO2がでるので、その点はあまり良くはないんですが。奥田さんのところは、何かやられてますか?

奥田:うちでは、その燃焼で出る熱を乾燥に利用しています。

田口:触媒燃焼ですね。触媒燃焼は、低温でも燃えてくれてその熱を再利用できるので少しは省エネにはなってるけど、出る熱をすべて使い切れているかと言うと、そこまではできていない。まだまだ途上です。

奥田:あと生分解性フィルムや少しでも環境にやさしいインクを開発したり、その点でも日本は進んでいると思います。

田口:ええ。ただ、消費した後のごみの処理方法など、環境に関してはもっとできることがあると思いますね。

印刷業界に限らず、溶剤を油性から環境負荷の少ない水性にする流れがあると思いますが、グラビア印刷ではどうしょう?


田口:水性インクについては、1980年〜1990年ごろ日本でも話題になり名古屋の会社が導入しました。しかし、水性は本当に大変で、製品として出せるようになるまで30年以上かかっています。インクとしては空気を汚さず環境にも働く人にも優しいですが、乾きが悪いし、排水に専用の処理装置が必要です。あと、なんと言っても不良品が出る割合が多すぎる。そうなるとエネルギーをたくさん消費し手間もかかりますから、どうしてもコストが高くなってしまいます。一時期大手食品メーカーが、この商品は水性インクで印刷していますと公言して商品を出していましたが、今では油性インクに戻っています。グラビア印刷で水性インクがなくなったわけではないですが、全体で見るとほんの数%しか作られていません。

奥田:例として、電気自動車がいいか、ガソリン車がいいかと言うのと同じ話です。こちらも一長一短で、まだ揺れ動いていますよね。水性インクでいくらか環境負担が緩和できたとしても、乾燥にすごい熱源を使うのでCO2もたくさん出るし、手間もかかる。一方で有機溶剤がないので働く環境は良くなる。働く環境なのか、地球環境なのか、今なのか将来なのかと考えるといろんな見方ができるので、私たちはそういうことや廃棄のことも考えた上でどういう設計をしていくのか、お客様と相談していかないといけない。

田口:水性インキは、下水処理でもエネルギーが必要ですからね。


水性インクも一長一短ですね。では、環境対策として他にできることはなんでしょう。


奥田:日本は外国に比べてごみを燃やすということと、使い捨てが多い国のように見えます。そういうことを知った上で、生産する側の私たちがどう貢献できるか。当社が事業活動を続けるためには、プラスチックを有効かつ安全に利用できる社会を構築する「プラスチック包材―Readyな社会」を目指すために、作る責任、使う責任、廃棄がどうされているかという知る責任、さらにそれらを学ぶ責任があると思っています。
田口会長は最近、生産する私たちの業界は動脈産業で、それらを処分するのが静脈産業という表現をされます。単純に考えれば、パッケージは小さくフィルムは薄く色数も少なくすれば環境にいいのかもしれません。しかし、それでは購買意欲が損なわれて売れなくなってしまうかもしれません。また場合によってはフィルムを厚くして中身を長持ちさせた方が環境にいいこともあります。保存方法や流通にもプラスチック包装が寄与しているわけで、そこをバッサリと「使い捨て=ごみ」というふうには言えない部分があると思います。今後、私たちは静脈産業側のことを含めた広い範囲のことを学んだうえで、ともに「プラスチック包材-Readyな社会」を構築できるような働きかけをお客様とか生活者にお伝えする役目があると思っています。

田口:今ペットボトルにも、たまにラベルがないものがある。でも、売れてるの?というと売れてないんですよね。いろんなお茶がある中で、デザインで特徴を差別化して売れて行くわけですからラベル印刷は必要なんです。実際、ペットボトルラベルの印刷は減ったの?と聞かれたら減っていない。3〜4年前に大手飲料メーカーがラベルを無くす宣言をした時に、うちを心配して来てくれた人もいましたが、でも全然なくなっていない。
基本的に安いんですよ、僕らの印刷するものは。ペットボルに巻いたものは何十銭という単位で、ラベルを巻く自動ラインもできてますから、包装形態を変えるのは包装ラインを変えるということで、高価な機器や設備を変えないといけない。そういうコストのところで進まないんです。でも必ずしも、以前のまま動きませんと言うわけではなくて。

奥田:ええ、はっきり減量化、減容化する会社さんも増えてきました。食品廃棄も問題になっていますが、私たちのパッケージもデザインのリニューアルで使えるものを廃棄したり、逆に足りなくて急に作ったり。廃棄はわかりやすくごみを生みますが、急に作るのも色々なエネルギーの無駄が発生するんです。昨年、年頭のご挨拶で某フィルムメーカーの社長が仰られてましたが「分かち合えば足りる、奪い合えば足らない」の精神でね、その辺のロスについてもみんなが少しづつ考えてくれたらなと思います。

田口:グラビア印刷を発注する側も、自社の事業から出る温室効果ガスは計算されているので、知識も意識も少しづつ上がっていると思います。パッケージを薄くしてプラスチックをこれだけ削減しましたよ、と発表するところも多い。これからだんだん良くなるでしょうね。

コストのところで進まないというお話がありましたが、持続可能なグラビア印刷のボトルネックはお金の面が大きいのでしょうか?


田口:グラビア印刷業界は、過去の値段交渉に応じ過ぎた皺寄せがキツく悲鳴があがっている状態です。仲介業者は、とにかく安く、事故があれば印刷側の責任で、とやってくる。我々の業界で約1,000台のグラビア印刷機が存在します。機械の寿命は40年と言われる中で、新しい印刷機は年間18台しか売れていない。これはちょっと危ない状態です。こんな状態では、環境どころか生産性も上げられない。
ここ10ヶ月、原料が上がり続けているのに、パッケージの価格が上がっていなかったことも問題だったと思います。さすがにそれはダメだということで、日本最大手の印刷会社が値上げ宣言をして、今は業界全体で価格の適正化を目指している最中です。それでも、価格を下げないと仕事が受注できないと思っているところは未だ値上げをしていません。業界の中でも、プロダクトアウトの意識改革が必要だと思います。
我々のお客様であるメーカーの商品を扱う大手小売業の方たちも安さだけの追求ではなく、相手よし・自分よし・世間よしの三方良しになるよう、もう少し立ち止まって考えて欲しいと思います。地球環境ももちろん大切ですが、適正な価格であることは持続可能な人間の営みに欠かせない要素なので。


グラビア印刷業界はこれからどうすれば良くなると思いますか?


奥田:従業員には良く伝えるんですが、スーパー、コンビニ、ドラッグストアで並ぶ商品の大部分がグラビア印刷でできたパッケージです。それ以外にも私たちの業界はいろんな産業に関わっています。ということは、私たちがちゃんとプロダクトアウトし、環境にも社会にも地域にもいい提案ができれば世の中も良くなっていくと信じています。そのために正しい考え方と事実を学び、行動に移すことが必要になってくると思うので、もっともっとそこはスピード上げてやっていきます。
何をやっても環境に負荷は掛けてしまいますが、その負荷を減らしつつ貢献度合いを増やしていく。既成概念だけにとらわれず、守るべきことと改善しなければならないことの分別を見極めて実行していくのがポイントでしょう。

田口:生産性を上げて、工程をどんどん楽にしてスピードを上げて効率をあげる。それにより抑えたコストで従業員や次の投資に還元していく。あと、奥田さんと似た答えになりますが、SCCS(ソサエティ、カスタマー、コンシューマー、スタッフ(協力者・従業員))この4つがぐるぐる幸せにまわるように仕事しましょうねということを従業員に伝えています。みんなが成り立っていく社会が一番理想ですよね。これは本当にやらないといけない。唱えてばかりいたってね、お経じゃないんだから実践をしていく必要があると思っています。

最後に、グラビア印刷業に関わる方へメッセージをお聞かせください。


田口:軟包装衛生協議会の常任理事を20年やっていて零細企業に伺う機会もありましたが、衛生面に問題があるんですよね。なので仕事を出している人は、外注さんにたくさん払ってあげてください。そして、外注さんがちゃんと作ってるかよく見届けてあげてください。我々の業界は価格が限界を迎えていて積極的に改善できる状況にありません。大きな会社は外注先をチェックするけど、そこまで気にしないところもある。でも業界全体でレベルアップしていかないと。するともっと社会や環境に貢献できる可能性があるということを内外へ言って歩こうと思っています。

奥田:当業界は、ライフライン・サプライチェーンの一翼をになう、エッセンシャルワーカーです。同業のみなさま、誇りを持って一緒に働いていきましょう。また今は“個”を大事にするような考え方が多くなっていますが、我々はプロセス型の製造業なんですね。次の工程、次の工程、とリレーしながら一つの製品ができる。この醍醐味はものすごくやりがいがあるんです。日本のものづくりや、他者を理解して助け合うとか、そういう働き甲斐などいろんなことを学べるとても面白い仕事だと思うので、ぜひ仲間を増やしていきたいです。


今回、グラビア印刷業界を代表する中のお一人である田口氏と、長年この業界で勤務する奥田氏の対談でしたが、業界全体を考えて内外に働きかける田口氏、地球環境から社会全体を俯瞰して考えられる奥田氏。
近年注目を浴びているプラスチック包装の環境問題ですが、実は業界の自助努力により、作る責任と使う責任を負いながら、長年に渡り研究され続けてこられた努力とともに、新たな課題も知ることができました。グラビア印刷業界の未来を、地球環境の破壊に責任転換することなく再生・共生の道を進もうとするお二人から灯るあわいひかり。私たちは、この場所からしっかり伝えてゆきたいと思います。

  • 取材・文

    林 健二(リエゾン)

  • 撮影

    大西 貴志(エコロジカルパスファインダー)